愛と自由を携えて生きる

新潟生まれの新潟育ち。工場勤務兼、週末には “カラーセラピスト・レイキヒーラー・ライター” として活動をしながら “自分らしく生きる” 事を探究する女子のリアルな話

物書きとセラピスト業で生きていく

“ライターと名乗りつつも不安が…”

 

自分で言うのも可笑しな話だが、自分の肩書きを “リアリティーライター” って名乗っておいてかなり不安(な感情)が出た…ヤバい(汗)

 

カラーセラピーをしていて、そこからでてくる言葉に基づいて出てくる、お客様のリアリティーを掴んで文章に起こす。

 

不安もそうだが今回の宿題(Do項目)が、本業の職場に関する事で、しかも “不満を味わう” のだから。

 

事の詳細は割愛させていただくが、会社内で重大なトラブルが起こった。

 

その事実を知った瞬間に強い不満が出た事から、このDo項目に決まった。 

 

現在、絶賛不満を味わっている最中である。

(怒りも出ているが) 

 

そんな(どんな?)TCカラーセラピストでレイキヒーラーで物書き(ライター)の個人的ブログだ。

 

要するに “セラピストたる者、感情と向き合わずして人と接する事など困難を極める” のだ。

 

自分の感情と向き合えないと、事実確認がしづらくなるのだ。 

 

そして人生を悉く破壊しかねない

 

参考までに過去記事

“人生を破壊する二大要素を断ち切る”

 

これは何も、人を癒す立場の人間や起業家だけに限定される物ではない。

  

会社員や主婦にも必要不可欠な物なのだ。

 

現在起業塾(楽々塾)の4期生の募集も既に開始している。

 

これからの時代の新たな流れの中で、私はやりたい事を実現させる。

 

 

リアリティーライター×レイキヒーラー×カラーセラピストのホームページ

http://tc-hikarinokakera.crayonsite.com

アメブロとはてなブログ、両方を使う理由

“セラピストモード、一辺倒じゃあ身が持たないよ”

 

セラピストだって、本音を語りたい時もある。何故なら人間だから!(当たり前だろ!爆)

 

人間臭さがないなんて、つまらない。

 

そう思いませんか?

 

私はセラピスト名義はアメブロを使っている(使用歴7年)

 

だが、何かと制約が多い

 

・禁止語句がある(性的な物や死を連想させる様な物等)

・商用目的での使用禁止(アフィリエイトも不可)

 

 具体的な物はこれくらいだ。

 

それに対してはてなブログ

 

・禁止語句は現在の所は聞かない(削除もされていない)

アフィリエイトも可能

 である。

 

必要以上に統制するなんて、いい加減止めておけば良いものをと個人的にそう感じた。

 

ガチガチに抑え付けてしまったら、その反動で爆発するのは、過去の歴史が物語っているではないか?

 

そうまでして、抑え付ける理由が私には分からない。

 

無理やりコントロールするよりは、ある程度放っておいた方が健全な対応と言えるのではなかろうか。

 

話が逸れてしまった。

 

アメブロは、セラピスト名義の控え目対応。はてなブログは、個人的に本音を表現する場として自由に綴っていく。

 

 

リアリティーライター×レイキヒーラー×カラーセラピストのホームページ

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高校時代~社会人(20代)

“中弛みの高校時代から20代まではパッとしない人生だった”

 

高校も私語がうるさい同級生がいた位で、学校生活であまり問題はなかった。

 

中学時代から専門学校に進学希望していた為、勉強はそれなりにしていたもののクソ真面目に生きるのも違和感を感じていた事もあり、時々羽目を外していた。

 

文化祭と球技大会は途中でサボった事もあった。(二年生の頃の話w)

 

専門学校時代に就職が決まらないまま卒業して、やっと決まったのが地元の小さな町工場。

 

いくら資格を取得しても自信の無さは相変わらずで就職の面接の場でも、アピールする事もできず。運良く工場の仕事が決まって、いざ仕事をしたら失敗ばかり。

 

20代の頃はそれこそ、労働環境の整っていない職場で奮闘していた。

信じられない話だが、当時働いていた職場は有給休暇がないのが当たり前だった。

 

20代後半になってから、正社員で採用されて働き始めた職場を退職後。一年近く再就職先が決まらず、派遣社員として食品会社で夜勤で働き始めるが、精神的ストレスが原因で退職。

 

一時期心療内科に通院し、カウンセリングと投薬ですぐに回復した。

 

その出来事がきっかけで、日勤のみで働くと決めた。

 

派遣社員時代は契約期間が短い仕事が多い上に、次の派遣先がなかなか決まらず無職の期間も度々あった。そんな状況だった為に定職に就く事が難しく、貯金が底をつきそうになる経験もした。

 

派遣社員時代は食品の製造工場での勤務が多かった。

惣菜・きのこ栽培・米菓・餅(きのこ栽培と餅は2回)

食品以外では、ワクチン製造工場・ロールスクリーン製造・石油ストーブの部品製造

思い出せる範囲ではそれ位だ。

 

石油ストーブの部品製造の仕事で現在の職場の同期と出会う訳だが、当時は気付かれなかった。

参考までに、過去記事

bluedestiny619.hatenablog.com

話は逸れたが、私の20代の頃の職歴はこんな感じだ。 

 

 

リアリティーライター×レイキヒーラー×カラーセラピストのセッションの詳細は、ホームページをご覧ください

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中学二年&三年

“学生時代で一番充実していた時期の話”

 

中学二年に進級してから案の定、早々にイジメに遭った。

 

中学一年の頃の担任から “あなたが弱いから” という意味合いの言葉を言われたのは、母を通じてだった。

 

勿論、母もこの発言に憤りを感じていたうちの一人だ。

 

そんな背景もあって、初めは担任が変わっても然したる期待などしてなかった。

 

けれども、敢えてイジメの事実を伝えた。

 

その後は本気で一喝した。そこから過去のエピソードを語り出した。

 

担任はかつて、教え子をイジメによる自殺で無くした経験があったのだ。

 

この話にクラス全員が涙したのだ。

 

その数日後、イジメた生徒の母親が自宅に謝罪の電話をしてきた。

 

こんな事は人生で初めてだ。

 

それからは楽しい学校生活を存分に満喫できた。

 

体育祭や合唱コンクールでも一致団結し、輝かしい成績を修めた。

 

特に合唱コンクールは、歌が大好きな私にとっては非常に思い入れのある学校行事だった。

 

人並み、いや…それ以上に中身の濃い時期を過ごす事が出来たのは、この担任のお陰である。

 

※次回に続く

 

 

リアリティーライター×レイキヒーラー×カラーセラピストのホームページ

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毒舌ライターの子ども時代

“子ども時代、実はとても泣き虫だった”

 

敢えて毒舌と言ってみたw

 

最近の毒舌記事は下のリンクから

bluedestiny619.hatenablog.com

 

幼い頃はとても無邪気で自由な子供だった。

しかしながら保育園に通い始めてからは、からかわれる様になり始めていた。

年齢を重ねて小学校に入学してからもそれは変わらず、むしろイジメに発展して行ったのだ。

 

いくら明るく振る舞っていても、毎日の事だけにどんどん心は落ち込んで行った。

そして思春期に差し掛かる前。小学5年生の頃にふと “私は誰からも相手にされていない?” と感じ、悲しくなってきたのだ。

 

参考までに、プロフィールはこちらから

bluedestiny619.hatenablog.com

そこから中学二年生になるまでは、地獄のような日々だった。

 

一番酷かったのは中学一年生の頃だ。

 

生きてる実感などこれっぽっちも湧かず、空虚なまま人生を送っていた。

学校に行けば自己肯定感など根こそぎ取られるばかりだった。いっそのこと直ぐ死んでしまいたかった。

誰の事も信用できなかった。

 

二年生に進級してからは、担任の影響で劇的に人生が変わった。 

 

※次回に続く

 

 

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刑事になりきってニーズ確認

“「仕事以外は基本引きこもりの兄」に対してのニーズ確認方法”

 

仕事の時間も違う為、お互いに擦れ違い気味の兄妹。

 

私の普段の生活は朝起きて(冬場は4:30、それ以外は5:30起床)、支度をして朝食を済ませて出勤。帰りは残業をすると遅くて7:30頃に到着する。

 

対して兄は昼前に起床、その後支度して朝食を摂ってから出勤。その後5時過ぎに帰宅する。その後は部屋に引き籠って、夜遅くまでオンラインゲームをしている。下に降りるのは必要最小限に留めている様だ。

 

ここまで読んで分かるかと思うが、ここまで生活サイクルが違ってくると、一つ屋根の下で生活していてもコミュニケーションを図るのは容易ではない。

 

 

“そんな状況の中で、どの様に事実を確認してきたのか?”

 

兄はおやつを大量に買い込んで、大体2~3日程で食べてからゴミを捨てている。そしてそのゴミを自分で分別するわけでもなく、台所のテーブルに放置している。

 

幸いにして台所が私の部屋のすぐ隣にある為、直ぐに確認できる状態だったのだ。

 

そこから毎日夜、台所へ事実確認しに行った。

 

そして食べ終えたおやつと飲み物のゴミを見た私は、“食の好み、変わらないなぁ~” と苦笑いしていた。 

 

内容は

・ポテトチップス(プリングルス うす塩)

・チョコレート(お徳用)

・清涼飲料水or炭酸飲料水(大体コカコーラが多い)

 

ぶっちゃけ、子どもの頃から変わってないw

 

(食の好みに関しても、カレー・ハンバーグが子供の頃から大好き。)

 

先日の誕生日にポテトチップスをコンビニで買って渡しに行った。

 

部屋に行ってみたらゲームをしている最中だった為、手渡してから直ぐ戻ってきたがお互いに嫌な感じは全く無かった。

 

その体験である事を思い出した。私は小学生位から、刑事ドラマやサスペンス物が好きで見ていた事を。そしてその影響とイジメの体験から “警察官に憧れていた” 事を…

 

過去記事参照 

bluedestiny619.hatenablog.com

今思い返してみると、事実確認しに行ってた時 “少しワクワクしていた” のだ。

 

きっと無意識のうちに刑事になりきって、見に行っていたのかもしれない。

 

 

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ホームページ

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プロフィール

山口洋子(やまぐち ようこ)

光のかけら セラピスト TCマスターカラーセラピスト・レイキヒーラー

2012年 TCカラーセラピスト取得。2013年 TCマスターカラーセラピスト取得。2014年 光のかけら として新潟市東区のレンタルスペース “Yumeスペースひだまり” にてセラピスト活動を開始。

 

同年7月 Yumeスペースひだまり主催のイベント、「ひだまりまつりVol,6」。2015年 4月 「大人女子による大人女子のためのYumeリゾート会」に出店。

 

2015年 8月に個人名義である当ブログ(愛と自由を携えて生きる)を開設し、文章による発信を強化する。

同年12月に父が4年間の闘病生活の末に、亡くなる。

 

2016年1月 セラピストとして、自分自身の感情に向き合う事を決意し 「リメンバランス(旧 心のデトックス)セミナー」に参加する。その後、レイキのアチューメントを受けて以降、瞑想とレイキヒーリングを取りいれた生活を送っている。

 

同年秋以降、本業である自動車部品製造工場での、度重なる部署の異動に伴う職場環境の大幅な変化を体験する。

 

2017年8月 楽々塾(第三期)に参加。

2018年2月 第二クール突入。

 

 

~生い立ち~

1980年 新潟県阿賀野市(旧水原町)生まれ

幼少時からの度重なるイジメがきっかけで、小学校高学年からは人間不信に陥り自殺を考える。

中学二年の時、当時の担任の人柄と熱意のある指導でイジメが解決し、クラスの雰囲気が劇的に変わった。

その後、それまでの学校生活とはうって変わって楽しみながら勉強、部活に励む日々を送る。

 

地元の高校に進学してからは、アニメ・漫画に加えてテレビゲームをする様になった。ゲームのグラフィックデザイナーに興味を持ち、デザインの専門学校進学を目指すも経済的事情から断念する。

 

ビジネスの専門学校一年制の学科へと進路を転向し、推薦入試で合格する。

 

専門学校卒業後、地元の工場に就職する。その後、製品や雇用形態を変えながらも工場の軽作業に従事する。

現在は自動車部品製造工場に勤務している。(2011年3月入社)

 

※2018年2月現在

 

好きなもの

音楽(ロック)・読書(小説、自己啓発本)・自動車・ドライブ・歌

 

好きなロックバンド:9mm Parabellum Bullet

好きな作家:里中李生、石田衣良

 

 

 

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光のかけら ホームページ

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