愛と自由を携えて生きる

新潟生まれの新潟育ち。工場勤務兼作家志望のアラフォー女子が、 “自分らしく生きる” 事を探究する様子を綴るリアルなライフログ

プロフィール

山口洋子(やまぐち ようこ)

 

自動車関連の工場に勤務。

 

元・セラピスト TCマスターカラーセラピスト・レイキヒーラー

2012年 TCカラーセラピスト取得。2013年 TCマスターカラーセラピスト取得。2014年 新潟市東区のレンタルスペース “Yumeスペースひだまり” にてセラピスト活動を開始。

 

同年7月 Yumeスペースひだまり主催のイベント、「ひだまりまつりVol,6」。2015年 4月 「大人女子による大人女子のためのYumeリゾート会」に出店。

 

2015年 8月に個人名義である当ブログ(愛と自由を携えて生きる)を開設し、文章による発信を強化する。

同年12月に父が4年間の闘病生活の末に、亡くなる。

 

2016年1月 セラピストとして、自分自身の感情に向き合う事を決意し 「リメンバランス(旧 心のデトックスセミナー」に参加する。その後、レイキのアチューメントを受けて以降、瞑想とレイキヒーリングを取りいれた生活を送っている。

 

同年秋以降、本業である自動車部品製造工場での、度重なる部署の異動に伴う職場環境の大幅な変化を体験する。

 

2017年8月 楽々塾(第三期)に参加。

2018年2月 第二クール突入。

2018年12月 セラピスト活動を完全休止。

2019年1月 工場勤務兼ブロガ―として活動に専念する。

 

 

~生い立ち~

1980年 新潟県阿賀野市(旧水原町)生まれ

幼少時からの度重なるイジメがきっかけで、小学校高学年からは人間不信に陥り自殺を考える。

幼少時の詳細なエピソードはこちらから 

bluedestiny619.hatenablog.com

 

中学二年の時、当時の担任の人柄と熱意のある指導でイジメが解決し、クラスの雰囲気が劇的に変わった。

その後、それまでの学校生活とはうって変わって楽しみながら勉強、部活に励む日々を送る。

中学二年・三年生の頃の詳細はこちらから 

bluedestiny619.hatenablog.com

 

 

地元の高校に進学してからは、アニメ・漫画に加えてテレビゲームをする様になった。ゲームのグラフィックデザイナーに興味を持ち、デザインの専門学校進学を目指すも経済的事情から断念する。

 

ビジネスの専門学校一年制の学科へと進路を転向し、推薦入試で合格する。

 

専門学校卒業後、地元の工場に就職する。その後、製品や雇用形態を変えながらも工場の軽作業に従事する。

高校時代から20代の頃はこちらから 

bluedestiny619.hatenablog.com

 

現在は自動車部品製造工場に勤務している。(2011年3月入社)

 

※2019年1月現在

 

好きなもの

音楽(ロック)・読書(小説、自己啓発本、心理学)・自動車・ドライブ・歌

 

好きなロックバンド:9mm Parabellum Bullet

好きな作家:里中李生、石田衣良

 

 

 

 

 

 

 

音楽を格安スマホで楽しむ為の選択

“意外と簡単で拍子抜けした件”

 

しかもその日のうちにあっさりと解決した。

 

前回の記事はこちらから

 

そもそも、急にmineoに決めた理由の1つに、“RECMusicが月額324円で利用出来る” と言うのがあった。

 

善は急げと早速申し込んで利用をしてみたところ…

“ん…何だこれ!?使いづらい上に欲しい曲がないじゃないか!!しかも古い曲ばかりだよ~”

 

プンスカー!!(9月のライヴの予習が出来んではないか!)

 

来月の9日に控えた9mm Parabellum Bullet(略して9mm)の新しい曲を聴いて、ライヴに備えたいのに~と思った矢先のアクシデントだった。

 

あまりの使いづらさに、即解約したのは言うまでもない。

 

じゃあ、前のキャリア(au)の時にも少し利用していたLINEMUSICを使おうと思い直しアプリをダウンロードした。

新しい曲が出ているのも知っているし、ある程度は使っている。(曲もダウンロード出来る)

 

登録も済ませて、よし!聴くぞ

 

やったー!!

 

まあ…強いて言うならLINEMUSICにも欠点はあるが、取り敢えずこれで一件落着!

「カルマの花環」と「21g」をダウンロードした

 

格安SIMで音楽を聴ける喜びを感じながら、昨日一日を過ごした。

 

その上、9mmのモバイル会員にも思いきって登録した。

 

今のところは、格安SIMスマホでもキャリアと変わらずに楽しんでいる。

格安SIMへの乗り換えを決めて

“迷いに迷ってもがいた末の決断は”

 

口座振替に対応しているMVNO業者に決めて、その上で端末(スマートフォン)を候補を出して絞り込みを図っていた私。

 

その当時は業者を楽天モバイルに決めていた。

 

密かに欲しいと思っていた端末が、自社回線対応(10月から自社回線に移行予定)ではない…まさかの予定変更w

そちらは全くもって想定外だった

 

端末探しは振り出しに戻る事となった。

 

しかもそれだけではなく、電話料金が安くなるアプリを使用する際は “クレジットカードで使用料を支払う” と言う事実が判明した。

 

ネットの通信が大幅に安くなっても、通話の料金までは変わらないのは、お金の面でかなり痛い…

 

それがきっかけでクレジットカードを申し込む事に決めたのだ。

しかしいざ申し込もうとネットで申し込みページに辿り着き、必要事項を入力するも “途中で止める” 

 

そんな繰り返しがしばらく続いた。

 

だが、前段で綴った通話アプリの件で支払い方法が “クレジットカードのみ” の記載を目にしてからは、そんな事を言っていられる状況では無くなってきていたのだ。

 

そしてネットで申し込みを済ませた。

 

かくして、審査の結果は…

 

無事発行!!!

 

申請してから数十分後には、審査が通過した旨のメールが届いた。

 

やった!!!

 

これで通話アプリも使える環境が整った。

 

が、しかし…ここで思いもよらない事態が

 

“あれ?私、音楽は?どうするの?”

 

時はキャリアからMNP(モバイルナンバーポータビリティ)の番号を無事に取得した翌日の事である。

 

その日は何故か朝からソワソワし始めていた。不安になり、他のMVNO業者を調べてたところ…

 

動画やSNS・音楽ストリーミング等に対応する業者のホームページを見て、“やっぱり、音楽は外せない!” と思い直し、mineoに決めた。

 

幸い店頭で申し込みが出来る店舗が新潟市内にあった為、そちらに向かった。

 

即日開通には対応していないが、2日後には端末とSIMカードが届く。初期設定は基本的に自分でやるのだが、念のため契約したショップの店員から教えてもらいながら行った。

 

届いた日は奇しくも私の誕生日。

 

台風が通過する予報だった為、翌日の午後に受け取りと初期設定をしてきた。

 

ところどころ、サポートをしてもらいながら基本は自分で入力し、かれこれ20分程で無事に終了。

 

長くなったので、音楽に関する事は次回綴る事とする。

 

 

 

お金と向き合い自由を手に入れる~格安SIMへの乗り換え~

“固定費(通信費)を安くすると決めて”

 

8月が契約更新月の為、このタイミングでMNPをしてからMVNO業者(格安SIM)へ乗り換える。今はその準備段階だ。

 

クレジットカードを持っていない私にとって、業者の選定に際して選択肢がかなり狭いのが事実としてある。

 

先々週、キャリアのメールアドレス宛に全く身に覚えのない相手からメール届いた。

前にも忘れた頃に突然似たような、迷惑メールが届いた事がある。

 

今回の件で、迷惑メール対応はかなりストレスが溜まると実感した。メールの文面を見ると、恐怖と不安が出て来た。

 

そして感情を味わってから、即刻迷惑メール通報をしている。この辺りで、キャリアスマホの欠点を見た気がした。

 

もうこんな不毛な事に時間を割きたくない!そもそもGmailアドレスを持っているので、そちらで事足りる話だ。(無駄嫌いが発動)

 

キャリアメール、マジ要らねぇ!!

 

この出来事があった影響で肚が決まり、業者の選定と利用する料金プラン、使用する端末の絞り込みが出来た。

 

端末・アクセサリー等の購入費用の大体の試算もした。

 

あ、エントリーパッケージ…(汗)

 

そんなこんなで、この先は契約してからまたブログで報告する。

 

 

サブリーダー的立ち位置の旨味

“新たな特性が登場した件”

 

今回は先々月の起業塾の場で、自分自身の近況をシェアさせてもらった際に出て来た事象を綴ってみる。

 

先月は仕事に関係する宿題だった。ちなみに今月も引き続き、仕事に関する宿題が出ている。

 

私は仕事上で “リーダー的な存在の人のサポートをする動き” を自然としている。この話をした瞬間、講師からそれは “特性” だと言われたのだ。

 

“リーダー的な存在の人” と前述したが、実際には同僚や後輩等の身近な人達をサポートする動きを自然とやっているのだ。

それは誰に言われた訳でもない。

 

“どの様に立ち回れば、チーム全体の作業がスムーズに進むか?”

そんな事を考えながら様子を観て、その時その場に最適な物を直ぐに出せる。

 

とは言え初めは作業の勝手が分からず、右往左往してかなり失敗する場面が多い。

 

次第に “あぁ…こうしたらいいのか” と気付き、すぐに対応出来る様になる。

 

私の場合は基本不器用なので、最初から要領よく器用に立ち回る芸当は出来ない。

 

その代わり、人の様子はよく観察している。

 

“あぁ…あの時はこんな行動をするのか” 等々

元々、人間観察をする事が好きで人に興味があった。

 

しかし、幼少時からの苛めが原因でコミュニケーション障害が出て来た。そして社会人になってからも、それを拗らせたままで来たのだ。

 

話が長くなったが、今回この様に新たな特性が出て来た事に、ワクワク感が止まらない。

ライヴチケット当選~セカオワのライヴ参戦を控えて~

“当選したのは9mmだけではなかった件”

 

実はSEKAI NO OWARIのライヴチケットも当選していた。来月の20日と21日の2日間、ツアーで新潟に来る。場所は朱鷺メッセ

 

規模も大きなツアーに参戦するのは初めてだ。もっともそれ以前に、SEKAI NO OWARI(以下セカオワとする)のライヴを観に行くこと自体が初めて。

 

参考までに、9mmのライヴチケットに当選した時の記事はこちらから

 

セカオワの曲に関しては、知っている曲はあるものの9mmのそれよりは少ない。(しかも格段にw)

とは言えライヴ当日まで既に1ヶ月を切っている。にもかかわらず、予習する気があまりないと来たw←おい!!!

 

肝心のチケットの引き換えも来月に入ってからだ。

 

ここまで広い会場でライヴを観る事も初めてである。人の多さに圧倒されぬ様、心を整えてライヴに臨む事とする。

 

弱くても勝てるって本当ですか?

“人生必ずしも強者が勝つとは限らないとは言うが”

 

“本当の所はどうなのよ?” と言いたくもなるのが人情である。

 

強者=勝つ←単純にこの思考に囚われ過ぎているか、だから “弱いから勝てない” と思い込んで本当に勝てなくなってしまうか。

 

“〇〇はこうすべき” “〇〇しなければならない” 等の思い込みを捨てられなければ、自分自身がキツくなるだけ。

 

人生に於いて、“絶対” と言う言葉を付けるのは個人的にあまりオススメできない。

 

ほんの少し物の見方や捉え方の違いだけで、自分を取り巻く状況がガラリと変化していくものなのだ。

 

そして気が付けば、強者と思っていた相手に優っている部分を自覚し、いつの間にか勝利を手にする事だってある。

 

場合によっては、闘わずして勝利する可能性もある訳だ。最初から競争相手がいない場合であれば独り勝ちである。

 

 そう言えば過去に(かなり前w)こんな記事を綴っていた。

bluedestiny619.hatenablog.com

 

今と比べるとかなり暑苦しさ満載な文章かもしれない。“暑苦しい” と言えば、過去にこんな記事も綴っている。 

bluedestiny619.hatenablog.com

 

 “今でも熱血キャラは健在かい? ” と自らに問いを投げ掛けてみると、ブログを始めた当初の “暑苦しいまでのレベル” では無くなったものの今でも健在だ。

 

話が逸れてしまった。

いずれにしても “思い込み” と言う物は本当に恐ろしい。同じやるなら “自分が本当になりたい方向性” で行く事が一番である。

 

 

現在の職場で働き続けるまでの “迷い” と “決断”

文章を書く事が好きな気持ちを持ちつつも、何処かの会社に就職して欲しいと言う両親の期待に応える為に、高校卒業後はビジネス専門学校の一年制学科に進学した。

 

新潟の田舎町に生まれ育ち、冬場は白鳥が飛来する土地に今も住んでいる。

“いつかこの街を出ていく” と私は物心ついた頃からそう思っていた。小学校時代からイジメに遭っていた影響が強い事もあるが、もともと地元にあまり関心を持っていなかったと言うのが一番の理由だ。

 

そして社会人になってからも、その当時の体験が尾を引いたまま自分自身を受け容れられずに30年以上の時を生きてきたのだ。

 

19歳で専門学校を卒業するまでに就職が決まらず、ハローワークに通い就職活動を続けてやっと20歳になる前に仕事が決まった。

初めの職場は地元の町工場で、デジタルカメラの部品の製造に関わっていた。

 

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20代の頃はとにかく目の前にある課題をこなすだけで精一杯。余裕なんて全く感じられずに、毎日がいっぱいいっぱいの状態で過ごしていた。

 

いつも時間に追われて慌ただしく生きていた。

だが次第にひっきりなしに、物事に追われ続ける生活を送り続けている日々。年齢を重ねて来て自分のこの会社員生活をふと振り返ってみた時に、徐々に疲れを感じていることに気付き始めた。

 

若かりし頃は力を抜く事も知らずに、全力疾走し過ぎてほぼ満身創痍だった。基本的には性格は気分屋でかなりムラがある質だが、一度決めるとひたすらに突っ走ってしまう癖がある。

 

特に20代の中頃に転職したブラインドの製造工場に正社員で勤務していた当時、働きづめの日々だった。その職場では有給休暇がなかった。

 

当時の職場で働き始めて一年程経ってから、アレルギー性鼻炎を発症した事が判明。同時に副鼻腔炎を併発していた為、受診した耳鼻科にそのまま通院する事になった。

 

その後、耳鼻科に通院する為に早退する際は “忙しいので戻ってくる様” にと指示が来る程、毎日夜遅くまで残業している職場だったのだ、だが絶対に戻らなかった。

 

逆にこの時間を使って “ゆっくりと過ごしていよう” と思った程である。職場の人間関係はさほど悪くはなく、仕事自体にもやりがいを感じていたのだ。だがそれ故に “退職するか仕事を続けるか” 悩みもしたのだ。

 

悩んだ末にこの職場を去ると決断した。退職する旨を伝えた際、社長の息子から “社会不適合者” の烙印を押された私。

 

それから30代に入るまでは派遣社員として派遣先を転々としていた。 派遣社員時代は契約期間が終了する度に、次の仕事がいつ決まるかと心配は尽きなかった。契約期間が短い仕事が多い上に、次の派遣先がなかなか決まらず無職の期間も度々あった。そんな状況だった為に定職に就く事が難しく、貯金が底をつきそうになる経験もした。

 

派遣先は食品の製造工場での勤務が多かった、惣菜・きのこ栽培・米菓・餅。きのこ栽培と餅はそれぞれ違う派遣先で二度働いた。

食品以外では、ワクチン製造工場・ロールスクリーン製造・石油ストーブの部品製造等の派遣先で働いた経験がある。

 

現在の職場は30歳の春に入社した。長い期間在籍していた派遣会社の求人を目にした事がきっかけだ。求人記事の文面に “長期 自動車関連の工場” と明記されていた為、自動車に興味のあった私はその言葉に惹かれてメッセージを送った。

 

初出勤の日は2011年3月11日、東日本大震災の日だ。

あの震災を体験した事で “この職場で長く働く” と決意ができた。とは言えこの8年3カ月

もの間、様々な試練が訪れた。

 

外観検査の部署で、女同士のギスギスした人間関係に悩んだ。入社して3年程経った頃に、当時同じ部署に所属する準社員の先輩が後輩の派遣社員と結託したイジメに遭遇した、それは相当に陰湿な物だった。同じ班で一緒に仕事をしていた為、仕事中誰も気付かない所で意図的に仕事をしにくい様にしていた。

イジメに遭っていた当時は丁度父が癌の闘病をしていた時期と重なっていた。しかもかなり病状が進んでいた頃だった為、精神的にはどん底の状態だ。

 

“このままでは心が病んでしまう”

でもせっかく派遣社員から直接雇用で働ける様になるまで、不器用ながらも地道にコツコツと信用を積み上げて来て今がある。

 

“どうしたらいい…”

“続ける?それとも辞める?” 

その狭間で迷い続けて約2年程経った頃、突然思いもしない転機が訪れた。

測定の検査への部署異動の話が私の下に舞い込んできた。直属の上司から測定員の人出が不足している旨を聴き、所属部署から私ともう一人、ベテランの準社員に異動の話が来たのだ。この異動がきっかけで、私に対するイジメは完全に無くなった。

 

測定検査に異動して1か月程の研修後、実地での研修しながら仕事を覚える日々が始まった。しかし現実は測定のスキルがなかなか身に付かず日々悪戦苦闘していた、検査に関係する付帯作業は問題がなかったが、重要な仕事を任せられる機会が出てくる事もなくその分だけ苦しんだ。

気付いてみればいつしか、仕事に対しての情熱が薄れてきていた。それはかつての外観検査の頃とは違う意味での、迷いが生じている事へのサインに過ぎなかった。

来る日も来る日も書類整理とその合間に簡単な測定検査。そんな毎日の繰り返し、悪くはないがパッとしない日々だった。

そんなある日、新しく新設された測定の部署で外観検査を開始する事になり、外観検査経験者の私に直属の上司から応援の要請が入った。

測定検査で4カ月、そして新部署4カ月勤めた後に現在の部署に異動となった。

 

現在の所属部署は外観検査の中でも少人数で、私を含めて総勢10名で仕事をしている。毎日アットホームな雰囲気の中で働いている事に感謝の気持ちで一杯だ。

今の私の目標は “今の会社で10年働く” 事である。 そしてゆくゆくは一人暮らしをし、いつでもどこでも自由に文章を書く環境にしていこうと考えている。