愛と自由を携えて生きる

新潟生まれの新潟育ち。工場勤務兼作家志望のアラフォー女子が、 “自分らしく生きる” 事を探究する様子を綴るリアルなライフログ

どうしても譲れないものは何か

‟最近、お金の事しか考えられなくなっている件”

 

来月末での退職を控えて、本業では仕事の引継ぎを淡々とこなしながら、その合間にネタを探しつつブログを更新する日々。


Twitterでフォロワーのツイートがきっかけで気付いたのだ。それは9mmの「The Lightning」の替え歌で出て来た(ただし一部分だけ)。

 

‟200万(円)をおくれよ~俺に丸ごと~”

突如出て来た、お金が欲しいと言う欲。

 

その気持ちをそのまま、フォロワーのツイートを引用してつぶやいたのだ。今までの私の人生のパターンだったら、‟お金に関する本音をそのままつぶやく” 事なんて考え付かなかった。

 

‟どんなに頑張っても報われない”  ‟大人ならやりたい事でも諦めるのが当たり前”  ‟自分が納得いかなくても折れないといけない?” 

 

そんな訳がないだろう!

 

自分の人生、妥協ばかりだなんて…冗談じゃないぜ!!!!!!

 

私は自分自身がいつの間にやら、周囲の影響を受けてこんなネガティブな妄想に取りつかれている事に気付いてしまった。このままでは、本気で心が病んでしまう気がした。

 

そんな呪縛に囚われている事実に気付いたのは、先日の職場でのベテランの男性とのやり取りである。

 

先日私が今まで言えずにいた事(不満や改善点)を、仕事中に言ったら「怒ってばかりいる」と言われたのだ。私がこのベテランの男性に指摘した事は、全て空振り三振に終わった。

 

それどころか、私に対して一方的に ‟受け入れろ” と言うのみである。事実を見る事無く‟我慢しろ” と一点張りをされている様にしか思えなかった。私にしてみれば ‟諦めろ” と宣告されている様に感じて苛立ちが募った。そのベテランの男性が ‟受け入れる”‟我慢する” と勘違いしているとさえ感じたのだ。

 

またも腸が煮えくり返る程の怒りを感じた。再び荒ぶるアラフォーの私、やるせなさと不甲斐なさが繰り出す自己否定のダブルパンチ。

 

「何とかなんのか?おい!」と、気性の激しい自問自答が頭をもたげて来る。特別頭の中がうるさい訳でもないのに、この問い掛けがやけに脳内にこびりついている。

 

過去にこの気性の激しさが災いして、若かりし頃は当時の勤め先の会社で、社長の息子と喧嘩して退職した。

 

だからこそ今回は揉めずに退職しようと考えて、徹底して自分の感情と向き合ったのだ。そのおかげで退職ならびに引継ぎはスムーズに進んでいるものの、前段の様に思い切ってネガティブフィードバックをしたら聞き入れられず、更に価値観を押し付けられる事になった。

 

退職する事が決まったからこそ、言えた事ではあるがそれが結果的に無視されたのだ。

 

私自身、この部分は正直言ってモヤモヤしているので向き合う事とする。

 

そして文章で本気で収益を上げる!